編集／　柳　宗悦　・　衣笠一省　
絵 　／　人間国宝　芹沢�_介（型絵染）





















源左がかつて但馬の松下同行と鳥取の説教所で同座した時、源左、「おらなあ、親さんが源左助けるって言われっだけえ、ようこそようこそより他にゃないだいなあ。」
松下同行、「そがあなこたあ、とうに聞いて知っとるけど、まっとハッキリしたことが聞きたあて、こがして聞いてまわっとるだいなあ。」
源左、「ようこそ、ようこそ、なんまんだぶ、なんまんだぶ。」






源左、「誰だら、柿の木に茨（いばら）をくくりつけた者なあ。」
倅の竹蔵、「そりゃおらだけっど、若い者が柿を取ってこたえんけ。」
源左「竹や、人家（ひとね）の子に怪我さしたらどがすっだらあ。」
そう言って茨をはずして代わりに梯子をかけた。しばらくたって、
竹蔵、「ててさん、柿の木の梯子、まあとらいのう。」
源左、「まあ置いとけやあ。」
竹蔵、「置いときや、人がなんぼでも取っで。」
源左、「人が取っても、やっぽり家（うち）の者が余計食うわいや。」

長瀬という村に戸崎という大家があって、源左はよく招待を受けた。
或る雨の日、青谷から汽車に乗ろうとして用をたしている間に、腰掛の上に置いたトンビ（鳶合羽）を誰かに盗られた。そのまま雨具なしで行ったので、人から聞かれると、
「誰かに借りられてなあ。雨も降っとるし、その人に気の毒でござんしてなあ。」





谷口佐五郎が若かった頃、夫婦仲が悪く喧嘩が絶えず、あたりにも評判になった。或る時源左、
「佐五や、そがに夫婦喧嘩して嫁をどつくなら、うち来て、籠なっと叩いてごせや。お宮に詣るとなあ、獅子が両方に置いてあろうがなあ。片方が口あいとりゃ、片方は口をふさいでおらあがなあ。片方さえ口をふさいでおりゃあ、事は起こりゃせんけいのう。」この言葉は二人の肝に銘じた。


また或る時、源左の親類の娘が嫁に行ったが、姑と折り合いが悪しく、家へ戻ってきた。源左は嫁にこう言った。
「一つ聞くことがあるがや、心の底をおらに任せてもらえんかいや。」
嫁、「お爺さんの言うことなら何でも聞くわいな。」
源左、「ではなあ、心の違ったのを入れ替えてごせいや。おらの言うことを一つ聞いてもらいたいがやあ。」
そう言ってお慈悲の話を嫁に聞かせた。
嫁、「ほんに、ありがたいぞなあ。」
これを聞いて後、源左は姑の家に出かけた。
「おらあ、一つ代わりの嫁さんを世話せうかいのう。前のより器量がまっと良うなけにゃいけんかいのう。顔は同じこっても、心の違った娘なら良からあがのう。」
姑、「顔は同じやあでもええけ、心さえ綺麗な娘ならええけ。」
源左、「それなら、今夜早速連れて来るけ。」
その夕、源左は前の嫁に頬かむりをさせて連れ出した。
嫁、「どこへ行くだいなあ。」
源左、「おらに任せてくださんせえ。」
そう言って、元の姑の家へ連れて行った。姑に、
源左、「お婆さん、とってもええ嫁をさがいたけれ。お前さんがなあ、顔は同じやあっても、心の綺麗な娘を世話してくだんせえって言いなはったがだがやあ。」
姑、「ほんに、そがあならええだがやあ。」
源左はここで娘の手拭いを脱がせた。驚いたのは姑であった。
「こりゃあ、前の嫁だがなあ。」
源左、「顔は同じでも、心が前とはまるで違っとる、可愛がってやってくださんせよ。」
嫁、「お母さん、どうぞこらえてごしなはれ。」
後ほど、源左、「今は子どもが６つとできて、ええことになったわいな」と語って聞かせてた。





或る男、「おっさん、このわしゃ偽（にせ）同行で、寺に参れば阿弥陀さんの前へ出て、念仏喜ばせてもらうけんど、家に帰ってくると忘れてしもうて、全くわしゃ偽同行だいなあ。」
源左、「偽になったらもうええだ。なかなか偽になれんでのう。」

或る時、
田中みよ、「なんぼう聞かしてもらっても、たいして歓びが出んし。」
源左、「歓びが出るけん、出んけんって、親さんは助けたらんとはおっしゃらんだけのう。なんぼ聞かしてもらっても同じこったいの。これが生得だけのう。」
※生得（しょうとく）：生得の機、凡夫の生まれながらにもつ性のこと。

或る男、「おっさん、わしゃ同行の前では歓ぶけど、独りになると忘れるがやあ。」
源左、「忘れるこそよけれ、あるけえ忘れるだけのう。忘れるがずっとええだ。」

息子の嫁に源左、「あ姉や、念仏はなあ、ご信心が入らんと出んむんだけのう。鈴でも玉が入りゃ鳴るけど、入っとらんと鳴らんけんのう。」

「あれば鳴る　なければ鳴らぬ　鈴の玉
中に六字が　あればそこ」
※六字：六字名号「南無阿弥陀仏」のこと。








「わたしゃ　づらがき　あなたは　こざる
　落としゃせぬぞよ　火の中へ」
　　　※づらがき：囲炉裏の「自在鉤」
　　　※こざる：おなじく「留木」
「たのむとは　声も形も　なかりけり
すがる思いを　たのむとはいう」

「忘れても　忘れぬ弥陀が　あるゆゑに　忘れながらも　この身このまま」

お寺詣があって源左、母親に、「こんつあんを負うて詣らさんしょうかいの。」
老母、「まあええわいのう。」
源左、「こんつあんに、足るほど負われたむんだけのう。」
※こんつあん：貴方

或る同行、「おっつあん、４辺もお上から親孝行のご褒美を貰いなさったで、大祝いをしなさったろうなあ。」
源左、「源左奴（め）は親不孝すりゃせんかっちって、ご注意くださったんでなあ。祝いは死んでからだわいな。」
※４度目の表彰、大正６年。
※源左は、自分のことを奴（め）を付けて呼ぶことがよくあった。

或る人が、「源左は孝行者だというに、母親に草履の紐をほどかせる」というのを聞いて、源左、
「親はなあ、子が可愛いだけえ、草履の紐がほどきたいだいなあ。」

また或る時、鹿野町浄徳寺の今西実定師の肩を揉みながら、源左、
「あんたは親孝行者だいなあ、大きゅうなんはったが、親さんは大けにしよう大けにしようと思っとるだけのう。」

源左は山越などする時、よく人の荷物を持ちたがった。
「その荷物、ちっくり持たしてごしなはれなあ。」
彼はよくこう言った。
「山越の時、人の荷物持ちすると、源左は盗まにゃええがと思って着いてくるで、お慈悲の話ができてのう。」

或る日、源左が山越えに我が家へ帰るとき、子を負い両手に土産物や荷物をいっぱいに持ち、汗を流しながら里行きの嫁さんが通りかかった。
「姉さん、その荷物をちょっとおらにも持たしなはれ、えらからあがや。」
ちったけど、嫁さんは早速に持たしてごされず、仕方ないで、
「なんまんだぶ、なんまんだぶ。」
ちって念仏したら安心して、
「なら、持ってもらわあかいな。」
ちって、荷物持たしてごしてのう。
「姉さん、これを持たしてもらった代わりに、おらが言うことを聞いて下んせえ。」
ちって、お話をしいしい峠を降りてのう。
「よう持たして下さんした。ようこそ、ようこそ。」
って、別れたいのって言って帰り、
「今日は大儲けをした、大儲けをした。なんまんだぶつ、なんまんだぶつ。」
と家の人に話した。

「性のきつい牛だって憎まずに可愛がってつかんせえ。叱って酷（むご）うするけえ、ひねくれっだがやあ。」

やね（気性の荒い）牛は源左に直して貰えと人々はよく言った。
源左が、「ようこそようこそ」と言って搾ると、牛も機嫌よう搾らせた。
田を鋤かん仔牛もまた源左によく頼んできた。源左は仔牛のするがままにしておいた。別段歩かせようともせず、他所（よそ）見すればしたままに、草を喰いたがれば喰わせたままにしておいた。そうしてから、後でこう言った。
「デンよ、まあ歩かいや、人さんが横着者だって笑われるけれなあ。」
仔牛はコットリコットリ歩き出して鋤き始めた。
※デン：牛のこと

明治３３年のことであったか。
源左の家に奇形の牛が生まれた。胴体が一つにつながり、足が８本ある双子であった。お産を見て、
「えらかっただらあがやあ、可愛いやなあ。」
と言って源左は涙を流した。
その折り、綱干（あぼし）の本柳寺の小笠原覚證師が客僧として願正寺に来られ、説教もすみ、院主の得乗と夕食をしておられた。源左が入ってきたのを見て、院主、
「源左や、おしいことをしたものだのう。満足に生まれたなら、庭の隅で１００両の金が儲かったのにのう。」
源左、「ようこそ、ようこそ。ご院主さん、親様のおかげでなあ、有り難いこってござんすわいな。」
客僧、「源左さん、奇形の牛が生まれたのが、何で親さんのお蔭だいなあ。」
源左、「足が４本ならあと、手が４本ならあと、家内中何人あっても、腹を一つにして暮らせって如来さんのご意見でござんすだがやあ、いっかな案じてくださんすなえ。」

或る時、源左の住んでいた山根部落に総事（そうごと）があって、晩の料理に川魚を沢山に捕った。なんと、今晩は魚の料理を源左にやらせてみようということになって、料理人を源左に役割をしたところ、源左は魚を全部川に逃がしてしまい、家から大豆を運んで煮て出した。
源左、「なんと皆の衆、おらあ今晩はすまんことをしてやあ、魚が大豆に代わったけど、えっと食ってごしなはれよ。」
※総事：部落全部の人が出て行う奉仕的な仕事。例えば「部落の道つくり」などをいう。

源左が夕立雨に、びしょ濡れになって帰ってきた。
願正寺の和上さんが、「爺さん、よう濡れたのう。」
と言うと、源左、
「ありがとうござんす。ご院家さん、鼻が下向いとるで、ありがたいぞなあ。」

源左は時々自分の手を左見右見（とみこうみ）して、
「親からもろうた手は、つよいもんだのう。いっかな、さいかけせえでもええけのう。」

源左さんは田仕事がすむと、手を洗って押し頂かれました。
※さいかけ：鍬などの先が欠けること。
※ピンボケでスミマセン（瑞）
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　

小谷ひでの家は源左の家の二段下に建っていた。
ひでがお寺参りを休んで紙漉（かみすき）をしていると、ご法座からの帰りの源左、道端に立って、
「おひで、今日もたすけると親さんが喚んでおってくれたけのう。」
ひで、「仕事がつかえて、今日はお寺に参られんかったいだいなあ。」
源左、「仕事どころかいの。ひで、後生を儲けるだけのう。」
※ピンボケでスミマセン（瑞）

或る日、草刈りをしていると蜂がブンと飛んできて源左の頬を刺した。
源左、「われにも人を刺す針があったかいやあ。さてもさても、ようこそようこそ。」
そう言ってそのまま仕事を続けた。

また或る時、子どもがワンワンわめくので源左が叱った。聞いていた二瀬川が、
「こんつあん、こんつあんでも腹が立つかいのう。」
源左、「立ちやだいのう。借りもんなら暇もかかるけっど、煩悩具足の凡夫だけのう、腹にあるけえすぐ出るがやあ。ようこそ、ようこそ。」

或る人、「おらあ、何ぼ聞かしてもらっても、お前さんのような心になれんだいなあ。」
源左、これを聞いて、
「おらがのうを出いたら、まあ、来んなちゅうわいな。他人より悪いこの源左をなあ、一番真っ先に助くるのご本願だけえ、助からぬ人なしだがやあ。」

１９の歳だったいな。
おらが１８の歳の秋、舊（旧暦）の８月２５日のこってやあ。親爺と一緒に昼まで稲刈りしとったら、親爺は不意に気分が悪いっちって家に戻って寝さんしたが、その日の晩げにゃ死なんしたいな。親爺は死なんす前に、
「おらが死んだら親様たのめ。」
ちってなあ。
その時から、死ぬるちゅうなあ、どがんこったらあか。親様ちゅうなあどがあなむんだらあか。おらあ不思議で、ごっついこの二つが苦になって、仕事がいっかな手につかいで、夜さも思案し昼も思案し、その歳も暮れたいな。
翌年の春になってやっとこさ目が覚めて、一生懸命願正寺さまに聞きに参ったり、そこらじゅう聞いてまわったいな。お寺のご隠居さんには再々聞かして貰い、長いことうお世話になってやあ。
いつもご隠居さんは、
「源左、もう聞こえたなあ、有り難いなあ。」
って言ってごしなはっただけどやあ、どがあしても聞こえなんだいなあ。ご隠居さんにはすまんし、仕舞いにゃしぶとい我が身が情けなあになり、投げちやあしまえず、じっとしちゃおれんで、どがぞして聞かしてもらわあと思って、ご本山に上ったいな。ご本山で有り難い和上さんにご縁に遇わしてむらったけど、どっがしても親心が知らしてもらえず、仕方なあて戻ったいな。おらあ、ように困ってやあ。
ところが、或る歳の夏でやあ。城谷に牛を追うて朝草刈に行って、いつものやあに６把刈って、牛の背の右と左とに１把づつつけて、３把目を負わせうとしたら、ふいっとわからしてもらったいな。
「デンや、われが負うてごせっだけ、これがお他力だわいやあ。ああ、親さんのご縁はここかいなあ。」
おらあその時にゃ、うれしいてやあ。牛に草を負わしたころ、やっと夜が明けてきたいな。
そこに一休みしとると、また悩みが起こってきてやあ。その時、
「われは何をくよくよするだいやあ、仏にしてやっとるじゃないかや。」
と如来さんのお声がして、はっと思ったいな。御開山さまが、
「おのが使いに、おのがきにけり。」
ってなあ。
「おらあデン奴（め）に、ええご縁をもらってやあ。もどりにゃ、親さんのご恩を思わしてもらいながら、戻ったいなあ。もったいなうござります。ようこそ、ようこそ、なんまんだぶ、なんまんだぶ。」
源左、牛をつれて出かける時、
「デンよ、デンよ。今日もまたはたらきに行かあで、晩にゃご馳走してやるけえなあ。さあ、デンよ、出かけようやい。」
帰る時、
「デンよ、今日は一日えらい目さしたなあ。帰りまで荷物もたせえのう。デン一人にゃ持たせられんぞ。おらもこの通り持っていぬるけんなあ。」
※デン：牛のこと