コーシャーンビー国

鹿野苑(ろくやおん)の精舎から西北に行くこと13由延(ヨージャナ)にコーシャーンビーという国がある。その精舎はゴーシラ園という、仏が昔住まわれた所である。ここには今も多くの僧がいて、小乗学が多い。ここから東に8由延行くと、仏が元悪鬼を度したまうた所や、常にここに住まわれ、経行(きんひん)し坐られた所があり、皆塔が建っている。また僧伽藍があり、およそ100余人の僧がいる。
[註]
【コーシャーンビー国】
(拘睒弥国)驕賞弥、拘舎弥と音写し、蔵有と訳す。アッラハーバードの南西約60㎞のコーサン地方。仏が忉利天(とうりてん)に昇った時、旃檀(せんだん)像を作り、降下の時サンカシャに四衆を率いて迎接した優填王の居城である。
【ゴーシラ園】(瞿師羅国)コーシャーンビー国に瞿師羅長者という人がいた。釈尊はこの長者の旧園に数年説法されたという。


達親国

ここから南へ行くこと200由延(ヨージャナ)に達嚫(たくしん)という国がある。ここに過去仏である迦葉(かしょう仏)の僧伽藍がある。それは大石山を穿(うが)って造られ、全てで五重ある。一番下の層は象の形を造り、500の間の石室がある。第2層は獅子の形を造り、400の間の石室がある。第3層には馬の形を造り300の間がある。第4層には牛の形を造り200の間がある。第5層には鳩の形を造り100の間がある。
一番上に泉があり、水は石室の前を通り、房を巡って流れる。それぞれの石室の周囲を回り曲がり、このようにして徐々に下層に流れ下る。房に従って流れ、戸から流れ出る。初層の室は徐々に石を穿って窓を作り、明り取りにしている。室内は明々白々として全く暗いところがない。その石室の四隅には石を穿
って梯子を作ってあり、それを踏んで登ることができる。今の人は形が小さいので梯子によって登り上層に到ることができるが、昔の人は一足で登れたのである。よってこの寺を波羅越(はらおつ)という。波羅越とは天竺では鳩の意である。
この寺の中には常に羅漢が住んでいる。この土地は荒れ果てて、一般の人民は住んでいない。この山から遠く離れた所にやっと村がある。住民は皆心が邪ま
(よこしま)で。仏法も沙門(しゃもん)もバラモン及びもろもろの異学をもわきまえぬ人ばかりである。
かの国の人民は常に人がこの寺に飛来して入るのを見ている。時に諸国の道人で、この寺に礼拝しようとして来る者があると、この地方の村人たちは「あなたは何故飛ばないのか。私はこの地方の道人は皆飛ぶのを見ている」と言う。そこで道人たちは方便をもって、「私は羽がまだできていないのです」と答えるという。達嚫国は幽険で、道路の艱難
(かんなん)もどれほどひどいか分らぬ所である。この国へ行こうとする者は、まず通行税の銭貨を持って行き、かの国王に奉施しなければならない。すると王はその後で、案内人をつけて送らせ、次々に伝送してその経路を示すという。
法顕はこの国に行くことができず、この国の人の言葉を聞いたので、ここにその事情を述べたのみである。
[註]
【達嚫国】
(たくしん)現位置未詳。コーシャーンビー国の南200由延とあるから、南インドのデカン高原中の一国であろう。慧超の言によれば南天竺国に三重の石窟寺院ありと見え、玄奘は南天竺コーサラ国の西南300余里のプラーマラギリに五層の窟院ありという。窟院の内容は玄奘の黒峯伽藍によく似ている。
【波羅越】(はらおつ)バーラーヴァタはサンスクリットで「鳩」の意。

 Top