（宮城��先生のお話）

親鸞聖人は源信和尚の「極重悪人唯称弥陀」という言葉を非常に大事に受け止めておいでになります。
「観経の定散諸機は極重悪人唯称弥陀と勧励したまえるなり」
とあります。源信和尚は『観経』の下品下生のところに自らを見出して、そしてそこに仏の説法の心を「ただ弥陀を称せよ」
という仰せとして、自分への仰せとして聞き取られたということがあるわけです。ですから、極重悪人唯称弥陀という言葉は、この下品下生に自らの身を置いて言われていることなのです。
ところが、今親鸞聖人の言い方は、
「観経に説かれる定散二善のすべてが極重悪人唯称弥陀ということを説いている」
と言われているように思われます。経文の上から言いますと、一番最後の一番劣った根機の人たちのところに極重悪人唯称弥陀と説かれているのですが、親鸞聖人はそれこそが『観経』の説かれた意（こころ）だということで、
「観経の定散諸機は…」
と言っておられるわけです。『観経』に定散諸機が説かれているのは極重悪人唯称弥陀ということを教えるためだと源信和尚が受け止められている、親鸞聖人はそのように抑えておられるわけです。
だいたい九品の見方というのが善導大師以前におきましてはずいぶんと違ったものでした。上品上生から上品下生、これは大乗の菩薩だと考えられていました。菩薩にも色々な段階があり、それが上中下と分けられているというわけです。上品にはそれぞれ菩提心を起こして、そして行を積むということがあります。それから中品は、これは小乗の人々。そして下品というのは凡夫です。凡夫の中ででも仏法に遇っている凡夫から、全く仏法に遇わず善根も積まず、ただ悪業のみを重ねている者、そういう段階がみられるわけです。これが諸師の見方です。
それに対して、善導大師は九品は全部凡夫だという見方です。上品は大乗の教えに遇うご縁を持つことができた凡夫、中品は小乗の教えに遇うことのできた凡夫、そして下品は悪縁に遭った凡夫だというように、善導大師は、この九品は全部凡夫を抑えているのだと言われるのです。
ところが、極重悪人というのは、何の善根もつめない者ということです。ですから、極重悪人というのは、どうしてみようもないものということです。善根を積まないどころか、もう悪業ばかりを積み重ねて、どうしてみようもないもの。
けれども、実は、このどうしてみようもないものということが、できるのにしないという面もありますが、どうしてみようもない現実にぶつかったということもあるのです。つまり、私たちが何十年かの人生を生きていく中では言葉を失うような体験というものが必ず１度や２度はあるはずで、普段はあれも言いこれも言い、あのこともしこのこともしと、色々言ったりしたりできている。ところが、一つの現実の前に立った時に、もう言うべき言葉も失い、為すべきことも思い浮かばないような体験というものがあるかと思います。
私自身で言えば、家内の死を宣告された時、そういう時は全く言葉を出してみようがないです。特に家内と向かい合った時などは言うべき言葉がないわけです。東京の友達がやはり全身の骨髄願で、もう十年も前に死にましたが、もういよいよ駄目だということを聞いて見舞いに行きました時に、本当に言葉が出てこないわけです。その時に、逆に、その男が私に向かって、
「いよいよとなったら、何も言葉は出ないものですね。」
と言ってくれたことがありました。人間、いよいよぎりぎりの時は、あるいはぎりぎりの姿に向かい合った時には言葉が出てこない、言ってみようがなくなってしまうのです。つまり、人生の事実そのものが言葉を奪い取るのです。人間の苦悩の厳しさが言葉を奪い取る。
しかし、そういう人生の厳しい事実が私達から言葉を奪い取ることを表す言葉となるのです。言い換えますと、私からあらゆる言葉とか分別を奪い取るような人間の苦悩というものに出遭って、言葉も慮りも全部奪い取られる、そこに感ずる自分というのは文字通りどうしてみようもない自分です。友達だ、夫婦だといいましても、どうしてみようもない裸の自分が感じられるのです。
そして言葉も失い、あらゆる計らいも奪い取られた時にただ一つ出てくるものが念仏だということなのです。けれども、
「そういう時には念仏しなさい」
という、教えというよりも、ある意味でそれは思わず出る念仏なのです。そういった時に思わず念仏が出るというのは、実は私たちの中には私たちに先立って、言葉も失い何の分別も働きようのない、そういう人間の苦悩の厳しさに出遭った人々が、そこで念仏してきたという歴史を抱えていたということがあるからなのです。厳しい苦悩にぶつかった時に私たちは思わず南無阿弥陀仏という言葉が出るということは、そのような念仏の歴史がなかったら出てきません。念仏してきた人々の歴史が私にまでずっと伝わってきているのです。
言葉を奪い取られ計らいのすべてが無力になるような人生にぶつかった時に、同じ事実にぶつかった人々が見えてくるのです。例えば、今、癌に関する本はいっぱい出ておりますけれども、自分の身内なり自分自身が癌になってみなければ、やはり、もう一つ本当にはその言葉は心に飛び込んできません。けれども、自分自身がそういうところに立ってみると、本当に同じ病気を生き抜いた人、生き抜いて死んでいった人々の言葉というものが見えてくる。

（宮城��先生のお話）

親鸞聖人は念仏について『行巻』で、
「謹んで往相の回向を案ずるに大行あり、大信あり。大行とはすなわち無碍光如来の御名を称するなり。」
と仰っています。この文章には主語がない。誰が称えるのかということが書いてないのです。つまり、念仏というのは自分の口で称える念仏ではなく、口から出る念仏なのだということを表しているのです。「すなわち無碍光如来のみなを称するなり」ということを、誰が証するのかということを言っていないというのは、私が称える念仏ではなく、思わず私からこぼれ出るのが念仏なのだということです。お念仏とは、思わずこぼれ出るものなのです。
何故こぼれ出るかといえば、私の命中に図らずも念仏してきた人々の歴史を持っているからです。ですから、真実行を誓われた第十七願を諸仏称名の願といわれるのです。その諸仏称名の願というのは諸仏が称名してきた歴史、諸仏が念仏申している世界を表わしているのです。そのように、念仏してきた人々の歴史に出遇うことによって、思わず私が言葉を奪い取られるような人生にぶつかったとき、苦悩に出遭ったときに念仏がこぼれ出るということが起こるのです。
逆に言いますと、念仏がこぼれ出ることを妨げていたものが、私たちの慮りであり分別の言葉なのです。私どもの分別が念仏のこぼれ出るのを邪魔している。そして、念仏してきた人々の歴史、私の命に恵まれていた先祖の念仏の歴史というものを覆い隠してきたのでしょう。だから、分別が破られるような人生の事実にぶつかった時に思わず念仏がこぼれ出るということが起こる。
「極重悪人唯称仏」極重の悪人はただ仏を称すべしとありますが、称すべしという言葉は決して命令というだけではない。その他にないということを表わしているのです。つまり、必然性、必ず称するということなのです。そのような必然性をもったものとして、念仏の意義を明らかにしてくださっているのがこのお言葉だと思います。

（宮城��先生のお話）

極重悪人唯称仏
我亦在彼摂取中
煩悩障眼雖不見
大悲無倦常照我
ここには、「我またかの摂取の中にあれども」「煩悩に眼障えられて見たてまつらずいえども」というように、「…ども、…ども」とあるのです。「…ども、…ども」が重なっているということは、一方が解決して一方になったということではないのです。「煩悩に眼障えられて見たてまつらず」ということが解決して摂取の中に摂められるのではないのです。摂取の中にあってもなお煩悩に眼障えられている。煩悩に眼障えられているけれども、もうすでにかの摂取の中にあるということなのです。
「我亦在彼摂取中」というのは、これは善導大師に戻して言いますと法の深信です。「煩悩障眼雖不見」は機の深信です。その二種深信の内容が「大悲無倦常照我」なのです。「大悲無倦常照我」という世界、つまり、源信和尚が到達した信心の世界は一方ではどこまでも煩悩に眼障えられたる極重悪人としての自己の自覚を内容としている。自己を悲嘆する、自己を懺悔する心があるのです。ところが、一方には、その私をすでに摂取したまう本願の世界への深い信心がある。その二つが同時に自覚されているのです。一方から一方へではなく、同時の自覚なのです。いよいよ「出離の縁のあることなき身と知る」という懺悔と「すでに摂取されてある身」という歓喜とが同時なのです。
あえていえば、「大悲無倦常照我」、これは歓喜です。信心の歓喜の世界です。歓喜ということは「ありがたい」ということで、その「ありがたい」という心はあるはずがないという心と、そのあるはずのないことが起こっているという喜びと同時なのです。人から良くしてもらう。浴してもらえるはずのない身が良くしてもらっているというところに「ありがたい」ということがあるのであって、当然自分によくしてもらう資格があると思っている時には、ありがたいという心は起こらない。してもらって当然と思っている時には、自分にはしてもらう資格があり権利があると思っている。ありがたいなどという心は出てこない。ありがたいというのは、資格がない、あるはずがないということが、それにもかかわらず、現にある時に「ありがたい」と感ずるのです。
ですから、ありがたいという歓喜は懺悔と讃嘆という二つを内容としてもっているのです。してもらえるはずがない身という懺悔と、その身がすでにしてもらっている、今現にしてもらっているという讃嘆とに生きる心が念仏です。ですから、六字の名号を称えることの全体が嘆仏であり、同時にその全体が懺悔なのです。そして全体が発願回向、つまり念仏の命に生かされていくという歩みなのです。発願回向は歩みです。
そのことが、そこにある二重の「ども」という言葉、「あれども」「いえども」という言葉は二つのことが同時に起こっているということを押さえてあるわけです。それが源信が生きた、到達した信心の世界であると思うわけです。だからこそ、親鸞聖人がその言葉に源信の徳を読み取られた、そう言っていいかと思います。

（宮城��先生のお話）

この言葉のもとは『観経』の『真身観』です。
「無量寿仏に八万四千の相まします。一一の相におのおの八万四千の随形好あり。一一の好にまた八万四千の光明あり。一一の光明、あまねく十方世界を照らす。念仏の衆生を摂取して捨てたまわず。」
というお言葉があります。このお言葉は善導大師や源信和尚、そして法然聖人の魂を揺さぶった言葉です。
仏の姿は八万四千もの相をもつと説かれています。八万四千というのは何かというと、実は煩悩の数なのです。八万四千の人間の煩悩の数と同じだけの姿をとっていらっしゃるというのは、つまり、あらゆる人間の煩悩に応える仏さまを表わしているのです。ですから、この『真身観』の仏さまは苦悩に苦しんでいる人間にはじめてわかる仏さまなのです。自分の心に深い傷もなく、自分の煩悩に泣くというようなことのない人間にとっては、あらゆる煩悩の姿をとって現れてくださっている仏のはたらきというものは感じられないものです。かえって、神々しい姿をとって私たちの前に立っておられる方がまだわかる。たとえ仏さまに触れたとしても、自分自身の煩悩に応えて煩悩の中ではたらいている仏さまの姿というものは見えないのです。つまり、自分に自信がある間は見えないのが『真身観』の仏です。
『真仏土巻』に親鸞聖人がお引きになっております『涅槃経』に、「仏をまた地獄･餓鬼･畜生･人･天と名づく」とありますが、これが八万四千の相をもった仏ということです。仏が仏の姿を保って高みにいらっしゃるのではなく、仏が地獄、餓鬼、畜生、人、天の相をとる。つまり、地獄にいるもの以上に地獄の苦悩を表わし、餓鬼に堕ちている者以上に餓鬼の哀れさ、餓鬼の姿というものを表わしておられるのです。そして、私たちに餓鬼の悲しさを思い知らされる。つまり、餓鬼を救うために餓鬼以上に餓鬼の姿をとっておられるのです。そういう姿の仏は、自分を健全な人間だと思っているものには縁がない。出会うことはないのです。しかし、本当に地獄の苦しみを味わったとき、その地獄の苦しみの中で出遇うのが、餓鬼の苦悩の真っ只中で出遇うのがこの『真身観』の仏なのです。人間がとるべき姿のすべてをとる。八万四千というのは煩悩の数、人間が煩悩において露わにする相の総てを共に生きる仏身です。
どこまでも人間の現実に応じて行く、応えていくという意味が八万四千の相ということです。そのような仏をとく『真身観』に「念仏の衆生を摂取して捨てたまわず」という言葉が説かれているわけです。ですからこの言葉に感動された善導大師とか源信という方は優れた高僧というよりも、人間の悲しみを思い知った人でしょう。極重の悪人という他ない身に出遇って、しかも、そこにおいてはじめて念仏に触れた人なのです。その感動がこういう言葉になっているわけです。

（宮城��先生のお話）

この言葉は「大悲というものは倦きことなく常にわれを照らしたまう」ということですけれども、もう一つ申しますと、「倦きことなく常にわれを照らしまたうはたらきを慈悲という」と、大悲を仰がれた言葉です。
その場合、「倦きことなく」という言葉は源信和尚が本願の光明に触れられた時に、いかに自分が本願に長く背き続けてきたか、自分の流転の長さというものを自覚された言葉です。そして同時に、本願に遇ってみれば自分がどこまで流転し続けても倦きことなく照らし続けてくださっていた、そういう絶えず照らし続けられたものとしての自分自身に気がついた喜びが「倦きことなく」という言葉となっているのです。
信心の世界を語る言葉というのはだいたいそういう意味を持っています。遇うまでは得がたいとも遇いがたいとも、信じがたいとも思いません。遇うまでは無関心で難信とも思わないのでしょう。ですから、遇った時にはじめて難信ということを知るのです。そして同時に、いかに今までの自分がその事実に気づかずに背き続けてきてかということに気づくのです。それによって、私を照らし続けていてくださったことに感動するということが起こるのです。その感動を表わす言葉が、実は不可思議光なのです。
不可思議というのは、実は自分が生きていることの驚きを表わす言葉なのです。ものあることの驚き、存在に目覚めた感動というものが不可思議なのです。何が一番不可思議なのかというと、私がこうして生きていることが不可思議、ものがこうしてあることが不可思議なのです。自分のいのちの不思議、自分の命あることに目覚めた、感動した言葉が不可思議であり、目覚めというのはそういうものあることの不思議に感動することなのでしょう。
私たちは何となしにボーっと生きておりますけれども、まさによく見れば、私があること、私の周りに色々な人々がいらっしゃり、色々な物があること、そのことほど不思議なことはないのでしょう。命に触れてみれば命ほど不思議なものはないのです。外から見ている限りでは説明がつくのですけれども、命そのものに触れた時には、命あることがいかに不思議なことかを実感します。今まで思いもしなかった自分に出遇う、今まで全く気もつかなかったような自分、そういう自分に出遇った時の驚きというものが深い人生経験には必ずあるものです。
言葉を換えて言いますと、南無不可思議光というのは知恩の名です。私があること深い恩徳を感じ、その深い恩徳に目覚めた言葉です。そして、あらゆることがらの根本に自分があることの恩徳を感じ取るということがなければ、自分を取り巻く状況がどんなに快適なものになったとしても、本当に命は満たされないのです。自分を取り巻く状況がどれほど良くなりましても、人間というものは必ず慣れてしまうのです。当たり前の事として生きる自分になっていくわけです。ですから、すべての存在の元に自分があるということに感動する心が開かれてこなければ、どれほど状況がよくなっても、それは喜びにつながらない。そういう意味がこの不可思議光にあるのです。
つまり、知恩というのは遇い得たものの深さ大きさを自覚する心です。そういう意味が、この不可思議光です。我を照らす、常照我というのは、そういう不可思議を知らされたということです。自己の不可思議さに目覚めしめる光なのです。

（宮城��先生のお話）

それに対して、尽十方無碍光如来というのは徳を表わし、法の尊さを表わすお名号だという言い方がされています。ですから「常にわれを照らす」というところに尽十方無碍ということが受け止められているわけです。
尽十方ということ。これは、十方を尽くすということは、東西南北、あらゆるところを走り回って証明したというようなものではありません。「あらゆるところ、どこへ行ってみても全部光がきている、なるほど十方だ」そういうように頭で納得したということではありません。仏から最も遠い我が常に照らされているという事実によってなのです。
つまり、照らされるはずのない私までが照らされているところに十方という頷きがあるのです。尽十方の証明は「この私を見よ」ということがあるのでしょう。この私の事実を見よ。その私を源信和尚は「極重悪人唯称仏」の極重悪人と抑えられておられるわけです。極重悪人の私が照らされている。だから尽十方無碍光なのだといわれるのです。その極重悪人ということを親鸞聖人は凡小という言葉で表わしておられます。極重悪人というと、何か特別な極悪人というようなイメージがわきます。それに対して凡小というのは非常に平凡な感じがします。ある意味で日常的な表現です。そのように、まるで違う感じのする２つの言葉が同じこととして使われているということは、極重悪人という、一見特別と思われるあり方の本質は、実は凡小という非常に日常的で平凡な中にあると考えておられたということだと思います。
あえて申しますと、平々凡々と活きている、何事もなく、大きな問題も起こさないし、家庭も一応かたちを保って暮らしている。世間から言えば一番善良なあり方に見える。そのあり方の中に深い問題を見出しておられるように思います。
親鸞聖人は、善知識に対して悪善知識ということを仰います。面白い言い方です。悪善知識の一番の代表者は誰かといいますと提婆です。親鸞聖人は提婆尊者といわれる。提婆は仏法を誹謗した者です。その提婆を親鸞聖人は尊者、尊い人といわれるのです。『浄土和讃』の最初ですが、王舎城の事件の登場人物を挙げるところに提婆尊者とあるわけです。この提婆尊者という言い方が悪善知識を表わしたものです。提婆は謗法の悪人です。尊者というのは善知識ということ。ですから、提婆尊者というのは悪善知識ということになるのです。
では、悪善知識というのは一体何かというと、悪をもって人々を目覚ましめる者です。つまり、提婆が阿闍世をそそのかし王舎城の事件を引き起こした。そのことで、実は女王として平々凡々として活きていた韋提希を、それこそ苦しみの極みまで追い詰めたのです。このように、悪知識という者は人を追いつけるものなのです。なぜなら、私たちは追い詰められなければなかなか目覚めないのです。追い詰められなければなかなか求めないということがあるから、悪善知識が必要になるのです。
親鸞聖人がいわれる凡小というのは、追い詰められても追い詰められても、逃げ道ばかり探している人のことをいうのでしょう。なかなか追い詰められないのです。私どもは問題に突き当たってもすぐに目をそらし、気晴らししてまうのです。
しかし、そうではなく、いつも問題を真正面から受け止めていくというのが宗教的偉人なのです。宗教的に偉大な人というのは、人より勝れて追い詰められる人なのです。決して才能が豊かだということではないのです。スルリスルリと、ノラリクラリと逃げてしまうところを、逆にまともに追い詰められていくのです。厳しく追い詰められることによって深く求めていく人が宗教的偉人なのです。
提婆尊者ということをいわれるところに、そして一方で凡小という言葉を使われることから考えてますと、親鸞聖人は本当に事実によって追い詰められておりながら、追い詰められたとも思わない、追い詰められているとも感じない、そういう感覚が鈍っている者、鈍感な者、そういう人間のあり方を一番深い問題として見ておられるように思うのです。
尽十方無碍光というのは、その凡小をして目覚ましめずにはおかない、凡小にまで至り届いているという感動があるのです。親鸞聖人は第２０願というものを「果遂の誓い」という言葉でいわれる。「果遂の誓い、まことに由（ゆえ）あるかな」といわれる。その果遂の誓いとは何かというと、
「どこまで行ってもどこまで行っても、スルリスルリと逃げてしまう。ノラリクラリと追い詰められない、そんな凡小なる人間をどこまでも見捨てない。」
ということなのです。つまり、私たちはどこまでいっても不果遂なのですが、その人間の不果遂の事実に耐えて呼びかける、呼びかけたまう願が第２０願なのです。そしてこれが「無倦」ということなのです。親鸞聖人が「大悲無倦」という言葉を非常に喜ばれたのは、そういうことが押さえられているからだと思います。

（宮城��先生のお話）

大悲無倦常照我という言葉は信心歓喜というものを最も端的に表わす言葉として尊ばれているわけです。そして、その言葉の内容を抑えていきますと、
南無不可思議光如来
帰命尽十方無碍光如来
という名号の世界に出遇うわけです。
尽十方無碍ということにつきましては、その十方には内容があるわけです。つまり、十方ということを内容から抑えますと、善導様は行住坐臥という言葉で表わされています。ですから、遡って申しますと菩薩道というものが含まれているわけです。
菩薩道の特徴は不二ということです。
不二ということは聖なるものと俗なるもの、それから浄なるものと穢なるもの、さらには悟りと迷い、そういうものが不二だということなのです。迷悟不二、浄穢不二、聖俗不二。そして、その不二ということが菩薩の世界なのです。
それに対して穢なるものを捨てて浄なるもののみに立とうとするのが比丘、小乗の比丘です。穢なるものを捨ててひたすら浄なるものに立つのです。穢なるものに執着するし、浄なるものに執着する。菩薩もまた執着していることでは同じだというのですが、大事なことは、執着を破ることだというのです。執着することを破れば、そこでは浄も穢も別なことではなく、対立的なことではなくなるのです。浄に固執しているのは、それはなお執着なのです。
「生活することと聞法することは、別なことではない」
というのが行住坐臥ということです。信心を行住坐臥において問うのです。聞法の場だけの信心ならば、聞法の座を出た途端にもとの心に返ってしまいます。そうではなく、生活の中で力となり、生活の中で灯となる信心という意味が行住坐臥という言葉で抑えられているわけです。同じように、十方ということも、そういう意味を持っているのです。
ですから、無碍ということも決してどんな障害物にもめげずに突き進んで行くという意味の無碍ではありません。無碍のはたらきを親鸞聖人は転悪成徳と説かれます。転じて成就する。そういうはたらきが無碍なのです。
ところで、転悪成徳というのは悪を消して徳にするということではありません。
転悪成善というときには、悪いものを善いものにする。そういうことになってしまいます。私たち人間は、悪を免れることはない。この世に生きている限り罪が消えることはないといわれるのです。人間はこの世に生きてある限り罪を犯さずには生きていけないのです。罪というのは私どもが生きている命の構造そのものなのです。構造というとえらい面倒ですけれども、命を保っていく時、必ず矛盾を犯さずには生きていけないというのが私たちのあり方です。その一番端的なものが生に対する殺です。つまり、我々は生き続けていく時に必ず殺し続けていくということがあるのです。他の命を殺し続けることなしには自分の命を生き続けることができないのです。この命が矛盾を抱えているわけですから、生と死は矛盾ではないのです。生死は一如ですけれども、生殺は矛盾なのです。殺すということと生きるということは矛盾した行為です。生きるために殺す。殺さなければ生きられないというのは、やはり矛盾でしょう。
そしてまた、社会生活ということからいいますと、人を碍、人の気持ちを傷つけてしか生きていけないということもあるのです。私が私として幸せになっていくことが周りの人の邪魔をすることになってしまう。そういう矛盾を私たちは抱えているのです。人を傷つけずには生きていけない。それは自分のあり方を反省して、「以後慎みます」というようなことで免れるようなことではない。命ある限り続くことなのです。ですから、罪を消して救われるのではないと説かれるのです。ですから、悪を転ずるというのは、悪を消すことではない。
転ずることについて親鸞聖人は『唯信抄文意』に「罪を消し失わずして善になすなり」と言っておられます。この言葉は非常に大事な言葉だと思います。転悪成徳というのは悪を消し失わない。消し失わないということは、もう一ついいますと、悪を自覚せしめるということです。悪を自覚しせめ、罪の自覚を確保するということです。その罪を深く自覚させるのが慚愧心です。慚愧こそが人間を確保する、人間性を確保する大事な心だといっています。その慚愧心、それは罪の意識の確保です。罪を消してしまうのではなくて、罪を深く自覚させるのが慚愧です。慚愧があるから人と言えるのだという言い方をしてあります。これが、消し失わずということです。転悪成徳というのは悪を消すことではなくて、消し失わないで悪の自覚を押さえる。
そして、その成徳というのは何かといいますと、その悪が本願のはたらく場となるということです。つまり、悪の自覚、自分の罪の自覚に仏法がはたらくのであって、本願のはたらきに出遇う場としての悪の自覚ということが押さえられているのです。
尽十方というのは、人間のあらゆる営みが本願のはたらく場と転じられていくということです。人間のあらゆる営みを通じて本願がはたらく、そういう意味がこの無碍という言葉にあるのです。
ですから、大悲無倦常照我心といわれる時の我というところには、いよいよ深く自らの罪業性を自覚し、いよいよ法が仰がれていくという姿が押さえられているわけです。

（仲野良俊先生のお話）

助けるのは如来の仕事です。
助かるのは我々の仕事です。
遍く照らす、遍照というのは仏の徳です。仏のはたらきです。念仏しておろうとしておるまいと、誰でもを照らすのです。遍くだから区別はない。「あいつは念仏しているからちょっと照らしてみようか」とか「あいつは念仏せんからやめておいた」などということはない。しかし、その仏の照らす光に照らされる者は念仏の衆生しかない。それで「唯」といわれた。照らしていないのではない。けれども、照らされるのは念仏の衆生だという。そこが非常に大事です。念仏しない衆生は照らさないというのではない。誰でも照らすというのですが、しかし、その照らす光に遇うものは念仏の衆生しかいない。
光明はやはり目を開いて見なければならないということがある。光がいくら照らしていても、目を閉じていたら見えません。そうすると、照らされるためには、照らされる者に責任がある。照らす方は照らしている。仏は黙々と仕事をしておられる。だから仏さまには責任はない。「念仏しないものは照らさない」というなら、それは仏に責任がある。「あんた仏さんなのに、わしらと同じような根性なのか」と言わなければならない。けれども、そうではない。念仏していない者は照らさないとは言われない。念仏しない者も、する者も平等に照らすのです。けれども、照らされる者は念仏の衆生しかない。
光が見える者は目の開いたものだけなので、責任はこっちにある。だから「光明遍照十方世界」は仏のはたらきです。けれども、「念仏衆生摂取不捨」は衆生に関係している。念仏をいただいた者の利益です。摂取不捨は向こうにあるのではない。こっちにある。摂取不捨というのは、救われた体験の事実なのです。それで、「ただ念仏の衆生をみそなわして」と言われるのです。
光がいくら照らしていても、照らされたものがいなかったら光りは無駄でしょう。全部目の不自由な人たちの講演会なら電気をつける必要がない。感の良い人ばかりだから、つけていてもいなくてもいい。つけない方がいいということになる。
つまり、照らされたものがいないなら照らす光は無駄でしょう。そうすると、光を活かすも殺すも、こっちにあるのではないですか。念仏の衆生というところにはじめて光は活きてくる。それで光を活かすも殺すもこちらにあるという意味で「唯」という文字を使ってある。光を本当に光にするかしないかは、かえって衆生の側にある。助ける仏を本当に活かすのは助かった衆生です。助ける仏を本当に助ける仏にするのは、助かった衆生がするのです。
それで讃岐の庄松さんは、「弥陀を助けに行かずばなるまい」と言った。えらいことを言われるものです。「わしはどうしてもお浄土へ生まれなければならん」と言う。何故かと尋ねたら「阿弥陀さまを助けなければならん」と言われた。
つまり、それは「弥陀の五劫思惟の願をよくよく案ずれば、ひとえに親鸞一人がためなりけり」と受け取られた言葉と一緒です。阿弥陀さまを活かすも殺すもわし次第だ。俺がいただいたら阿弥陀さまは活きてくるという。だから、「弥陀を助けにいかずばなるまい」といわれるのです。
これは非常に純粋な信仰でしょう。こういうふうに言えるようになったらもう一人前です。たいしたものだ。さすがに讃岐の庄松さんです。なかなか普通では言えた言葉ではありません。

（仲野良俊先生のお話）

「摂取の中にいるのだけれども、煩悩に眼碍えられて仏は見ず」と言ってある。けれども、全然見えないかというと、そうではない。照らされているという形でちゃんと見ておられる。見ないけれども見えている、照らされている。見えないというのは仏でないという意味です。煩悩があるから仏を見ないので、「見た」といったら仏です。仏を見た者は仏です。仏を見る眼は仏です。煩悩の眼では仏は見えない。見えないけれども照らされている。全然見ないのではない。やはり見ておられるわけです。いや、むしろ仏が私を見てくださる。
我々が仏を憶念できるというのは、仏に憶念されているからこそ間違いなしに憶念できるのです。仏の憶念がなかったら我々はきっと見当違いを憶念する。間違いなしに憶念できるということは、はや仏の憶念によるわけです。それが他力です。
源信和尚は「仏が見えない」と言われる。けれども、仏が私を見てくださっている。そういう非常に深い信仰の体験をされたのがこのお言葉なのです。「煩悩に眼碍られて見ることはできないけれども、仏ははや私を見ておいでになる」とおっしゃるのです。煩悩はあるけれども、そこにすでに仏が成就している。仏に見られているという形で源信和尚は仏に遇っておられるわけです。「見ず」と言われるけれども、「見ず」というのは全然見ておられないかというと、そうではない。「仏が見ておいでになる」という形でそれを感じておられるわけです。そういう形で仏を見ておられる。全然見ないのではない。全然見ないのならそんなことも言えるはずがない。見ない、見えないけれども、見られているという形で仏を見ておられる。
親鸞聖人は、無明は破れたけれども、雲があって見えないと言われる。順序は違うけれども事柄は一緒です。煩悩に覆われているけれども夜は明けている。これが非常に大事です。「信心の夜明け」と言うでしょう。夜が明けたらしめたものです。雲が見えるということが、はや、夜が明けた証拠です。夜が明けなかったら雲が見えるはずがない。
そんなわけで、夜が明けるということさえあれば、もうそれで充分なのです。青天白日なんて、そんなものは望む必要がない。それは必至滅度。いつか必ず、間違いなしに成就しますけれども、今さし当たって我々がそういう成仏を願う必要はない。夜が明けさえすればそれでいい。一足一足、霧は晴れていく。そういう道を歩いているのが現生不退です。煩悩があっても差し支えない。煩悩を恐れる必要がないということが、実は現生不退ということの内容なのです。